中古住宅の売却では、“建物状況調査(インスペクション)”をどう扱うかが大きな分かれ道になります。
中古住宅を売るとき、売主が本当に考えていることはシンプルです。

できるだけ高く売りたい

できるだけ早く売りたい
──これが本音でしょう。
多くの方が「売ってしまえば終わり」と思っています。
実際には、売ったあとにトラブルが起きるケースも少なくありません。
“完璧な家”なんてほとんど存在しません。
築10年でも20年でも、どこかしらに小さな不具合はあるものです。
ただし、問題があること自体が悪いのではありません。
本当に怖いのは、「ここに不具合があります」と明示しないまま取引を進め、あとになって「そんな話は聞いていない」とトラブルになることです。
この記事では、「建物状況調査とは何か」だけでなく、なぜそれを“売主側”でやっておくことが、自分を守ることにつながるのかを、まっとう式の視点で解説します。
売るためではなく、“後悔しないための準備”として。
これを読めば、「調査をする意味」がきっと変わります。
目次
建物状況調査とは?
一言でいえば、中古住宅の「健康診断」です。
国土交通省が制度化した仕組みで、専門の建築士(既存住宅状況調査技術者)が、外壁・屋根・基礎・床下・天井裏などを目視で確認し、劣化や不具合の有無を報告書として記録します。
調査は、建物を壊すようなものではなく、外から見える範囲を中心に行う“非破壊検査”です。
いわば、「建物の現状を客観的に整理する」作業です。
この調査を行うと、「どこにどんな劣化があるのか」「補修が必要かどうか」などを明確にでき、売主・買主の双方が同じ情報を共有できます。
専門家が「記録」として残す意味
建物状況調査の報告書には、
「外壁に0.3mmのクラックあり」
「床下に軽度の蟻害跡あり」
といった一見ありふれた内容が並びます。
それを見て、「こんなの、誰でもわかることじゃないか」と思う人もいます。
しかし、ここが大事なポイントです。
この調査の価値は、“誰が見ても同じようにわかる状態にする”こと。
売主が「大丈夫だと思います」と言っても、買主が「気になる」と感じれば、それだけでトラブルの種になります。
でも、第三者である建築士が「経年変化の範囲」と判断し、記録として残しておけば、後日「隠した」とは言われません。
つまりインスペクションは、
“欠点を探すため”ではなく、“誠実さを証明するため”の調査なのです。
有効期限はいつまで?
建物状況調査の結果には、有効期間があります。
一般的に、調査日から1年以内が目安とされ、宅建業法上の重要事項説明でも「1年を超えるものは再調査が必要」とされています。
家は季節や湿度、経年で少しずつ変化します。
1年経てば外壁のクラックや基礎の沈み、屋根の傷みが進行することもあります。
したがって、「その時点の状態を正しく示す」ことに意味があるのです。
つまり、一度やったからといってずっと使えるわけではなく、売却活動が長期化した場合は再調査または再確認を行うのが安全です。
なぜ建物状況調査をしておくべきなの?(Why)
「わざわざ調査なんてしなくてもいいだろう」
多くの売主が、最初はそう思います。
お金もかかるし、正直、どこを見られるのかもよくわからない。
「古い家なんだから、多少のことは仕方ないだろう」――
そうやって先延ばしにしてしまう。
でも、あとになって気づくんです。
“知らなかった”は、言い訳にならないと。
引き渡しから数ヶ月後、買主から電話がくる。
「床が沈んでる」「天井にシミが出てきた」――。
こちらに悪気はなくても、“説明していなかった”というだけで責められてしまう。
たった一枚の報告書があれば防げたのに、“やらなかった”ことが、あとで重くのしかかる。
建物状況調査は、家のためではなく、自分を守るための行動です。
調査をしておけば、「当時の調査で確認済みです」と冷静に言える。
それだけで、無用な言い争いはほとんどなくなります。
そして、もう一つ大きいのは――
「この人は誠実だ」と思われること。
買主は、家そのもの以上に、「どんな人がこの家を売っているのか」を見ています。
欠点を隠すより、「ここにこういう不具合があります」と自分から言う人の方が、信用され、結果的に取引もスムーズになる。
中古住宅で、“完璧な家”なんてまずありません。
でも、完璧じゃなくてもいいんです。
買主が本当に求めているのは、「安心して納得できる家」と、「嘘をつかない売主」です。
建物状況調査は、家を飾るための手段ではなく、あなたの誠実さを形にするプロセスなんです。
調査の流れ(How)
建物状況調査と聞くと、「なんだか難しそう」「立ち会いが大変そう」と思う方もいます。
実際はとてもシンプルで、たった3ステップです。
申し込みと日程調整
まずは調査を依頼し、希望日を決めます。
図面や築年数など、わかる範囲の情報を伝えるだけでOK。
当日の立ち会いは任意で、半日もかかりません。
現地調査
専門の建築士(既存住宅状況調査技術者)が、外壁・屋根・基礎・床下・天井裏などを中心に目視で確認します。
特別な機器で解体するようなものではなく、外から見える範囲を中心とした“非破壊調査”です。
主な調査箇所は次のとおりです。
- 構造上の主要部分(基礎・柱・梁・屋根など)
- 雨水の侵入に関係する部分(外壁・バルコニー・開口部など)
- 給排水設備などの目視可能範囲
要は「見える範囲で、どこに不具合があるかを確認する」調査です。
報告書の作成
調査後、写真付きの報告書が届きます。
ひと目で状態がわかるように、「補修が必要」「経年劣化の範囲」など区分が明記され、問題の有無や優先度が整理されています。
この報告書が、あとで「言った・言わない」を防ぐ“証拠”になります。
建物状況調査は、売主の負担を最小限にしながら「事実を記録する」ための制度です。
数万円の費用で、安心と信頼を買うという捉え方です。
よくある質問(Q&A)
Q1. インスペクションは、買主がやればいいのでは?
結論としては、買主がやることも多いですが、売主が先に実施して開示する方が実務的に有利でトラブル回避につながります。
なぜそう言えるか、実務的な観点で端的に説明します。
売主が先にやる利点(要点)
- 取引の主導権を保てる
 問題点を先に把握して提示できれば、買主の「調査結果を盾にした急な値下げ」をある程度予防できる。
- 信頼を作れる
 「先に調べて出してくれる人だ」と買主に思われれば、交渉が穏やかに進む。結果的に販売期間が短くなりやすい。
- 法的・心理的な防御になる
 後日トラブルになった際に「当時の調査で確認済み」と立証できれば、売主側の立場が強くなる。
- 保険加入や瑕疵交渉がスムーズ
 調査結果を基に既存住宅売買瑕疵保険の検討ができ、引渡し後のリスクを保険でカバーしやすくなる。
- 売却戦略として使える
 レポートを物件情報の一部にして「誠実さ」を前面に出すことができる(掲載可なら差別化になる)。
「買主がやる」ケースのメリット・デメリット
メリット:
- 買主が自分で納得度を高められる。
- 調査のタイミング・範囲を買主が指定できる。
デメリット(売主視点):
- 買主が調査して問題が出ると、交渉で大幅値下げや契約離脱につながることが多い。
- 「買主が調べてから検討する」流れは売却の不確実性を高め、販売期間が延びる可能性がある。
実務的アドバイス(売主が先にやるなら)
- 売り出し前に調査を終える — 買主の不安を先回りする。
- 報告書は物件説明に活用する — リスティングや内見で「調査済み」を明示できれば信頼度が上がる。
- 瑕疵保険への接続を検討する — 調査後に保険加入の可否を確認すると、引渡し後の安心材料になる。
- 費用負担は戦略的に決める — 売主負担で調査を出すと交渉優位になりやすい(ただし事情次第)。
- 有効期限に注意する — 調査は概ね1年が目安。売却が長引けば再確認を。
- 報告書はそのまま証拠になるよう保管 — 写真・日時・調査者名を確実に残す。
Q2. 調査で不具合が見つかったら、売れなくなるのでは?
多くの中古住宅には、何かしらの劣化があります。
大切なのは「事実を明示して、買主が納得して購入する」こと。
調査結果をもとに、補修してから売るか、
「現状渡し」として値段に反映するかを決めればいいのです。
むしろ、調査をしていない物件より信頼されやすいのが実際です。
Q3. 費用はどのくらい? 誰が払うの?
一般的な費用は5〜7万円前後(築年数・規模で変動)。
任意制度なので、売主・買主のどちらが負担しても構いません。
ただし、「売主が負担して調査結果を出す」ほうが信頼獲得の効果が大きいため、まっとう式では売主側での実施をおすすめしています。
Q4. 調査報告書って本当に意味があるの?
はい。専門家の日時・写真つきの評価が「事実の証拠」として大きな価値を持ちます。
見た目で分かる事象でも、専門家が「経年変化/要補修/重大欠陥」のどれに当たるかを線引きして記録することが重要です。
報告書があれば内見での説明が楽になり、価格交渉の根拠にもなり、引渡し後に「いつの状態か」を立証できるため、売主を法的・心理的に守れます。
ただし、インスペクションはあくまで予備診断にすぎません。
目視調査だけでは床下や屋根裏などの見えない部分までは把握できないことが多く、本当に建物の状態を正確に確認したい場合は、追加オプションによる詳細調査を依頼するのが理想です。
たとえば、
- 点検口から床下や小屋裏内部に進入して行う詳細調査
- 床下・壁・天井の断熱材の種類・厚さや気密シートの有無の確認
- 2000年以前(建築基準法の改正前)の木造建物(軸組構法)であれば、接合金物の有無まで検査(耐震性の観点から)
といった“踏み込んだ確認”を行うことで、目に見えない劣化や施工不良を早期に発見し、売却後のトラブルを防ぐ確実な根拠が得られます。
Q5. 契約不適合責任(免責特約)を付けて売ればいいのでは?
免責特約は売主の直近の負担を限定する手段になり得ますが、万能ではありません。長期的には価格交渉の不利や販売期間の長期化、場合によっては免責が無効になる法的リスクがあるため、慎重に使う必要があります。
補足(実務的ポイント)
- メリット:売主が引渡し後の修繕責任を限定できるため、短期間での手放しには有効な場合がある。
- デメリット:買主は「免責=リスクあり」と受け取りやすく、値下げ要求や契約辞退につながることが多い。さらに、売主が欠陥を知りながら隠したと認定されれば免責は効かない(民法上の争点)。
- 実務上の注意:免責を付けるなら、調査結果や現状の説明を文書で残しておくこと。調査せずに免責だけ付けると買主の警戒が強まり、逆効果になりやすい。
- 推奨アクション:まずは「調査→開示→整理(補修or価格反映)」を基本に検討し、それでも売主として回避したいリスクがある場合に限り、免責特約や瑕疵保険の併用を専門家と相談して決めるのが現実的です。
要するに、免責は“逃げ道”ではなく「リスク配分の一手段」。使い方次第で得にも損にもなるので、必ず調査と開示をベースに戦略を立ててください。
まとめ
中古住宅を売るとき、多くの売主は「高く・早く売りたい」と考えます。
そして「売ってしまえば終わり」と思い込みがちです。
ところが実際には、売却後に雨漏りやシロアリ、家の傾きなどを指摘され、トラブルに発展することも少なくありません。
建物状況調査は、そんな“売主の油断”と“買主の疑念”を少しでも埋める仕組みです。
「後から足元をすくわれないために」──売却前に一度、検討してみる価値はあるはずです。
隠すより、見せる。
怖がるより、確かめる。
逃げるより、まっとうする。
 
    






