※今回は私のカッコ悪い体験談です。
5月、配ったチラシを見て連絡をくれた86歳の女性がいた。
まだ無名の当社のチラシを見て反応してくれたことが、本当に嬉しかった。
あの日の電話の声はいまでも覚えている。
心の中でスキップしながら訪問してみると、
背筋がピンと伸び、ハキハキと話す姿が印象的で、年齢を聞いて驚いた。
年金暮らしの独り身。
離婚歴があり、子どもはいない。
姪がいるが遠方で頼れないという。
築30年の分譲マンションに一人暮らし。
「環境を変えたい」
「もうこんな広さはいらない」
「静かな場所に移りたい」
「古くてもいい」
というのが本人の希望だった。
正直、住み替えは難しいと思った。
貸主から見れば「年金暮らし・高齢者・単身・身寄りなし」――この条件では、審査のハードルが高い。
それでも、私は話を受け、物件探しを始めた。
住み替え先が決まらなければ、今のマンションを処分することもできない。
いくつか候補を提示したが、やはり内見には進まなかった。
当然と言えば当然だった。
ところがある日、お婆さんが言った。
「友人の息子が住む賃貸アパートを出るの。その後そこに入れるのよ」
まさか、そんなことがあるだろうか。
詳しく聞くと、その友人はアパートのオーナーでも何でもなかった。
「それはよかったですね」とだけ返したが、心の中では思っていた。
――現実はそんなに甘くない。
それでも、彼女の笑顔を前に、それ以上は言えなかった。
.
それからもニュースレターを送り続けた。
季節が変わるころ、また連絡を入れた。
「お元気ですか」と尋ねると、「引っ越しが決まったのよ」と、明るい声が返ってきた。
「え、ほんとに……?」
半信半疑のまま、翌日訪ねてみた。
どうやら本当に入居が決まったらしい。
「よかったですね」と言いながら、私のカバンの中には提案書が入っていた。
私:そしたら、これでこのマンションを整理できるようになりますね。
お婆さん:ああ、それはもう決まったのよ。
一瞬、頭が真っ白になった。
(えっ……? どうして? 誰に? いつ?)
問いかけると、
「郵便受けにチラシが入っててね。そこに電話したの」
と、悪びれもせず笑っていた。
何も言えなかった。
あれほど時間をかけてきたのに、最後は“たまたま届いた紙切れ一枚”に負けた。
悔しかった。
それ以上に、空しくてたまらなかった。
帰り道、ふと思った。
人は“信頼”や“好意”ではなく、
ほんの些細な“タイミング”で動くことがある。
どれだけ丁寧に関わっても、
その人の心が動く瞬間に、こちらがいなければ届かないこともある。
今回は、たまたま自分の番じゃなかっただけ。
(無理くりでも、そう自分に言い聞かせた)
でも、その一件が教えてくれた。
人の決断に立ち会う仕事を続けるなら、
思い出してもらえる存在であり続けるしかない。
人生の節目にもう一度、
「そういえば、あの人に相談してみよう」と思ってもらえるように。
そう信じて、また次のチラシを配る。
※当社のチラシをお受け取りくださった方へ。
いつも、少し申し訳ない気持ちでポストに入れています。
それでも、きっとあなたのお役に立てると信じて続けています。
もし、お困りごとがあれば、どうぞ気軽に声をかけてください。
 
    






