これまでのご自身の人生を振り返った時、『あの時、こうしておけばよかった』と後悔した経験はありませんか?
そして、もっと深く心に残るのは…
人生で後悔する20の項目
かつて米国で、80歳以上の老人を対象に「人生で後悔したこと」のアンケート調査が行われ、以下の20項目が出てきたそうです。
- 他人がどう思うか気にしなければよかった(周りの目を気にして本当にやりたいことを諦めてしまった)
- 幸せをもっとかみ締めて生きるべきだった
- もっと他人のために尽くせばよかった
- くよくよと悩まなければよかった
- 家族ともっと時間を過ごせばよかった
- もっと人に優しい言葉をかけていればよかった
- あんなに不安を抱えながら生きるべきではなかった
- もっと時間があれば・・・
- もっと思い切って冒険(チャレンジ)すればよかった(安全な道ばかり選んで、後になって『あの時、挑戦していれば…』と感じた)
- 自分を大切にすればよかった
- 他人の言う事よりも自分の直感を信じればよかった
- もっと旅をすればよかった
- もっとたくさん恋愛をすればよかった
- もっと一瞬一秒を大事に過ごせばよかった
- 子どもたちに好きな事をさせてやればよかった
- 言い争いなどしなければよかった
- もっと自分の情熱に従うべきだった
- もっと自分のために頑張ればよかった
- もっと自分の本音を言うべきだった
- もっと目標を達成すればよかった
誰しも、人生の最期に「全てやりきった!」「全う(まっとう)した!」と自分が納得したくないですか?
「そりゃそうだけど、日々の忙しさに追われ、なかなか自分の時間を持てない」なんて声も聞こえてきそうです。
なので今回は、「じゅあ、そのためにどうすりゃいいのさ?」ってことを考えてみたいと思います。
やった後悔とやらなかった後悔
「やった後悔」としては、「あの時あんなことを、言わなければよかった/しなきゃよかった」みたいなもの。
例えばこんな感じに。
言葉に関する後悔: 昔、親友が悩んでいる時に、励ます代わりに批判的なことを言ってしまった。それが原因で、今でも少し距離を感じている。
行動に関する後悔: 仕事でせっかく貴重な提案の機会をもらったのに、あまり上手くできなかった。その後、「もっとしっかり準備しておけば良かった」と思い続ける。
選択に関する後悔: 昔、就職先を決めるのに、自分がやりたいことよりも会社の規模や知名度で選択した結果、仕事への意欲があまりわかなかった。
恋愛における後悔: 好きな人に気持ちを伝えたいと思っていたけれど、勇気が出せずに伝えられなかった。その結果、その人は別の恋愛に進んでしまい、伝えるチャンスを失った。
時間の使い方に関する後悔: スマホで怠惰な時間を過ごしてしまい、勉強やスキルを磨くチャンスを逃してしまった。今になってもっと努力しておけば良かったと思う。
友情に関する後悔: 友達が助けを求めた時に忙しいと言って断ってしまい、その後友情が疎遠になってしまった。本当に大切にすべき関係だったと後から気付いた。
お金の使い方に関する後悔: 見栄で衝動買いを繰り返して貯金をほとんどできず、その後必要な時にお金が足りなくなって困った。
私なんかは、会社員時代、よかれと思って職場で進言したことがかえって「生意気」と捉えられて虐げられたこともあります。(あんまし後悔していないけど・・・ボソッ)
一方、「やらなかった後悔」はどうでしょうか。
「あの時、自分の夢を追いかけていれば」
「あの時、あの提案を受け入れていたら」
「あの時、あの人に話しかけていたら」
みたいなやつですね。
これらの「もしも」は、具体的な経験として積み重なることは絶対にありません。
だから、いつまでも心の中でくすぶり続け、自己肯定感を蝕んでいくことになります。
なぜ、やらなかった後悔の方が深く心に残るのか
「やらなかった後悔」が深く心に残るのは、それが未完の感情だからです。
人生は、選択の連続。
「行動しない」という選択をしたことで、その結果がどうなったのかは知ることができません。
もしあの時、別の選択をしていたら(=行動するという選択をしていたら)、成功したかもしれないし、失敗したかもしれない。
その不確実性こそが、私たちを長きにわたって悩ませるのです。
また、「やらない/行動しない」という選択は、
・「自分にはできなかった」という無力感
・「あの時、行動する勇気がなかった」という後悔
と結びつきやすいものです。
世間体とか他人の目を気にしたり、失敗を極度に恐れたりするあまり、自分の心に正直になれないことを繰り返していると、それが「自分の思考の型」として固まってしまいます。
そうなると、
「完璧主義になりすぎて最初の一歩が踏み出せない」
「失敗を恐れるあまり、新しいことに挑戦することを避けてしまう」
となり、「結局、何もしない」選択をすることになります。
じゃあ、どうすりゃいいのさ
「いい人でありたい」という気持ちはわかるんですが、常に周りの空気を読んで、そつなくこなせる人をみると、「それ、面白い?」と思わず聞いてみたくなる時があります。
あっ!こんなんだから合理的で是々非々な私は、職場の空気をうまく読んで、忖度して・・・なんてできないから、社会不適格者なのか。。。^^;
ただ、後になって最も後悔するのは、遠慮して言えなかった一言、挑戦することを諦めてしまった機会だったりします。
だったら、少しばかり自分に正直でもいいんじゃないって思います。
もちろん、周りの人に配慮することは大切ですが、自分の心の声にも耳を傾け、本当にやりたいこと、伝えたいことがあるなら、勇気を出して行動してみる。
たとえ失敗したとしても、そこから得られる学びは、やらなかった後悔よりもずっと価値のあるものになるはず、と私なんかは信じています。
結局、人生は全部ネタ。
最期に残るのは思い出じゃないですか。
資産を持ってあの世へは行けない
高齢化社会の日本では、「死ぬ前が一番お金持ち」と言われます。
先日、あるヤフーニュースでの記事に対して、福祉施設で働く女性からのコメントがありました。
コメ主が働く福祉施設には、相続とかで複数の不動産や数千万の金融資産がある90歳過ぎの女性が入居しているんだとか。
コメ主が「そんなにあるんだったら、もっと快適な施設に移れば?」と尋ねてみたら、その老婆は「お金は老後にとっておくんだ!」とのこと。
どんなに多くの資産を持っている人でも、あの世に持っていくことはできません。
ひたすら貯め込み、80歳、90歳になって使い切れないほどの資産を持っていたとしても、その人にとってはもはやその資産を活かすことなどできません。
もちろん、将来への備えは大切ですが、今この瞬間を犠牲にしてまで貯め込むことが、本当に自分が望む生き方なのか、立ち止まって考えてみる必要がありそうです。
資産を所有する者の最後の責務
もし、あなたが幸いにも多くの資産を所有しているのであれば、考えていただきたいことがあります。
それは、資産を所有する者の最後の責務についてです。
繰り返しになりますが、どれほどの資産も、あの世へ持って行くことはできません。
しかし、あなたが残した資産は、残された家族の生活を支えたり、未来を豊かにしたりする可能性があります。
逆に、きちんと整理や準備をせずに旅立ってしまった場合、残された家族は、煩雑な手続きに追われたり、遺産分割で争いが起こってしまったりすることが実際に起きています。
それでは、不本意にも家族に迷惑をかけてしまうことになりますよね。
生前にしっかりと意思表示をし、適切な準備をしておくことは、残された家族への愛情であり、最後の責務をまっとう(全う)することにつながります。
もし、相談相手がいなければ
ここまで読み進めてくださったあなたは、きっと現状を変えたいと強く思っているはずです。
もし、あなたが資産の整理や承継について、誰に相談していいかわからない、どのように進めていけば良いか不安に感じているのであれば、私たちがお力になれるかもしれません。
将来の資産について、誰に相談していいか迷っている方は、まずはお気軽にご相談ください。
あなたの人生における資産課題について、解決策を一緒に考えます。 お気軽にご相談くださいね。